林道三境線の起点に登山口駐車場がある。起点にはミツマタ群生地の案内がある。群生地はしっかり開花の準備が整っているがちょっと先といったところだろうか。それでも見物客が目についた。駐車場には数台止められているが見物客のものだろう。晴れているが風が強い。道標に従って舗装路を歩いていくと桐生川の起点がある。そこで十二沢と根本沢が合わさっている。 |
根本山登山口駐車場 ミツマタ群生地の案内も |
ルートは中尾根コース 根本沢コースは破線 |
程なく登山道案内板と根本山参詣路の歴史遺産案内図がある。その先に不死熊橋があり登山口になっている。今日は沢コースを登って中尾根コースを下る予定だ。2003年と同じになる。お助けロープでゲート脇の岩場を登って歩き出した。 |
上級の根本沢コースに入る |
危険箇所にはお助けロープが設置 |
清流が清々しい |
登山道標と二十丁石 |
根本沢が群馬と栃木の県境になっているようだ。右岸では群馬の左岸では栃木の掲示物がある。道は根本沢に沿ってお助けロープがあったり高巻きをしたり進む。何度も何度も嫌と言うほど渡渉を繰り返して行く。丁石や群馬県側から注ぎ込む幾つもの支流が目安だ。 |
まだ新しい虎縄 よく整備されている |
唯一の人口橋 |
高巻きの明るい林 |
十丁石 |
晴れていた空は徐々に雲がかかってきた。風は相変わらず強く沢コースには雪がチラチラ飛んできている。時折、枯葉も飛んでいく。 |
石祠2基 |
木根畑沢を過ぎるとまだらに残雪 |
籠堂跡 ここからが核心部 |
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残雪が少し出てきたが歩くには問題ない。段々と沢筋が狭くなり峡谷の様相を示してきた。石塔が現れさらに石段が出てくれば神社は近いと思われた。間もなく籠堂跡に着いた。そこには江戸期の根本山神社境内の様子図が置かれていた。その図からは当時の隆盛が偲ばれた。ここで少し休憩を取れればいいのだろうけど先が気になる。 |
根本沢を行く |
表坂・裏坂分岐 |
女坂鉄梯子 江戸時代からのものだとか |
根本山神社 ↓拝観窓口から覗く |
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籠堂跡から先が核心部になる。沢は二股に分かれている。右の表坂(男坂)を登ってみたかったが危険大とのことなので大人しく左の裏坂(女坂)を行く。年季の入った鉄梯子を登っていく。続いて鎖場を登っていけば鐘堂の奥に根本山神社本社が鎮座していた。本社は朽ちて危険なので上るなとある。鐘を1回撞いてから拝観窓口を覗いてみると、立派な彫刻が施された祠が納められている。この神社は今後どうなってしまうのか気になるところだ。 |
神社を過ぎても鎖場が続く |
↑天狗岩 ↓奥社 |
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神社からも痩せた尾根に鎖が連続だ。凍結部もあり緊張を強いられる。上部から何やら声が聞こえた。登山者のようだ。延々と続く鎖をクリアしていくと奥宮に着いた。珍しいことに石祠には彫刻が施されている。鎖から開放されたようで一休みだ。 |
行者山に着いた |
鎖から開放されて中尾根コース |
やがて二人の先行者に追いつくとそこが行者山だった。緊張しましたねと挨拶を交わされた。行者山からの下りは江戸時代のものと思われる大きな鎖が一本。登りではこれが最後の鎖になった。落葉を踏みしめて山腹を進むと中尾根コースに出た。山頂まで10分とある。 |
横殴りの雪が吹き抜ける尾根 |
根本山の山頂 |
稜線に出ると風の音がゴーゴーとすごい。飛んできた雪が真横に吹き抜けていく。稜線は展望があるようだが辺り一面雪雲で灰色だ。根本山頂からの展望はあまり優れないので今日の展望はなしということで…。山頂は不思議なことに風は穏やかで休憩もできた。 |
ぐんま百名山とある |
山頂が分岐点になっている |
中尾根コース随一の難所 |
ここが中尾根コース随一の難所(鎖場) |
山頂には図根点が置かれるだけで三角点はない。さあ、中尾根を下ろう。沢コース、鎖場から比べれば随分と歩きやすいなあ。 |
石祠のピーク |
中尾根コースの分岐 |
分岐の近くにピンテで沢コースに降りると |
ふじくま橋の登山口に出る |
今はスギ花粉の飛散が多く花粉症の最盛期だが、ここはヒノキの林で少し安心だ。林の中のピンテを辿る。林を抜ければ雑木林の急斜面。再びヒノキ林に入り作業道を下ると中尾根コースの分岐道標に出た。登山道は遠回りの林道に続くが、分岐道標近くにピンテが着いている。近道だと思い辿っていくと沢コースに降りた。そこからわずかで不死熊橋登山口に着いた。 |