2012年02月11日
小学校入学

学校の先生に挨拶をして甘楽町の山奥に引っ越しました。そこで小学校に入学したのです。各学年1クラスの小さな学校でした。給食は行われていて脱脂粉乳が出されていた記憶があります。
友達と遊んだ記憶はあるのに学校での学習や体育などの記憶がないのが不思議です。

田舎の駐在所というのは土地の中心部にあるため、小中学校は歩いてわずかな距離にあります。近くには農協、診療所、駄菓子屋、理容店などがわずかにある程度で、ほとんどの家は農業を営んでいたのだと思います。牛などの家畜を飼う農家も多く、そういった動物は自然と自分の中で受け入れていけたのでしょう。

小さな山村ですから子供の遊び場は山と川と校庭になります。遊び道具といえばビー玉、メンコ、ベーゴマなど一人遊びでは成り立たないものばかりですね。
「何々ちゃん、遊びましょ!」と友達の家に遊びに出かけたものです。時代は浦沢直樹の『20世紀少年』と正に同じなのです。

子供が一人でも遊べる程度の小さな川沿いに人家は建っています。川ではよく釣りをしました。これは父親に教わったのだと思います。父は最初に少し教えますが、その後はかまわない人でしたから誘われた記憶もありません。もっとも職業柄遊んでいる姿を人に見せるのも気が引けたのかもしれませんが…。河原の岩の上に立つと
10〜20cm程度の小さな魚がウヨウヨと泳いでいるのが見えます。そこに篠で作った釣り竿に小さなオモリを付け餌は川虫の釣り針を垂らします。すると面白いように食いついてきます。小学1年生が魚籠に一杯釣って帰ると父親が小さな金魚用の水槽に放ってくれます。

蛍の時期になると光を放った大群が飛びまわっていました。竹箒を大群の中に放り込めば数匹は捕まえられたものです。とにかく自然の中で遊びまわっていればいい時代だったのです。

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