アヤメ平
あやめだいら
1969m
片品村
アヤメ平:富士見小屋へと続く木道
登山日 2007年9月16日(晴れ) しんぷるライフ
行 程 鳩待峠(10:00)…横田代(11:00)…中原山(11:40)…アヤメ平(11:50-12:40)…中原山(12:50)…横田代(13:12)…鳩待峠(14:05)
 アヤメ平は昭和30年代に「雲の上の楽園」ともてはやされ、多くの入山者に湿原を踏み荒らされたため裸地化してしまった。昭和44年からミタケスゲなどを植えたりして湿原の回復作業を続けているが未だ完全には回復していない。またアヤメの名が付いた湿原ではあるが、群生していたキンコウカの葉をアヤメと見間違えて付けられた名前でもある。尾瀬は何回か訪れているが通称鳩待通りは歩いたことがない。初級者向けのコースでもあり簡単に草モミジが楽しめるかもしれないと思い歩いてみた。
 第2駐車場から乗合タクシーで鳩待峠に入る。鳩待峠から尾瀬の入山はお金がかかるのが難点だ。富士見下からは無料となるが車道歩きとなるため一般的には趣がない。大清水からは鳩待ちよりも安いがやはり車道歩きが待っている。紅葉にはまだ少し早いが観光客やハイカーの数は多い。

鳩待通りへと入る

横田代

横田代から至仏山
 ハイカーの多くは山ノ鼻へと下りていく。至仏山へ登るハイカーはまばらだ。鳩待通り登山道入口は鳩待山荘裏手にある。こちらに足を向けるのは我々くらいだ。少々心細くなるが道は広くしっかりしている。笹が刈られた道である。シラビソやダケカンバなどに覆われた道を歩き出す。直接の陽射しは少ないが残暑厳しく直ぐに汗がにじんでくる。平坦な道が続くかと思っていたがなかなか傾斜のある登山道だ。直ぐに階段が出てくる。それも一旦途切れるがやがてH18年敷設の新しい木道となる。木道歩きは快適だ。足元にはアキノキリンソウが散見される程度だ。時折ゴゼンタチバナの赤い実が見られる。樹林帯を抜けると目の前に湿原が広がった。そこが横田代(標高1860m)だ。

景鶴山・平ヶ岳方面

中原山山頂標識

低木疎林帯を行く
 展望のない樹林帯から解放されると一気に展望が開ける。湿原は黄葉を始めたばかりだ。褪せた緑と色付いたばかりの黄金色が不思議な彩りを見せてくれる。緩やかな上り傾斜の木道を歩いていくと尾瀬ヶ原を取り囲む山々が姿を現わす。大きく目に入ってくるのは至仏山だ。その南には尾瀬笠ヶ岳が稜線を連ね、その遠望には武尊山が雄姿を見せている。南には雲を被った赤城山、さらに日光白根山がくっきりと山頂ドームをさらしている。北に目をやれば景鶴山、その背後には平ヶ岳がくっきりだ。至仏山との間には上越国境の山々が連なっている。展望に見とれてすっかりと足が遅くなってしまった。
 湿原にはイワショウブが盛りである。ワレモコウやエゾリンドウも多く目に付いた。しかしそれ以外は見るものがなかった。横田代を抜けると低木の樹林帯となる。その中に中原山(標高1968m)の山頂標識が置かれ近くには三等三角点が埋め込まれていた。横田代から100mあまり高度を上げたことになるがそんなことは感じさせないほど快適な木道だ。

アヤメ平ベンチ

燧ヶ岳

至仏山
 低木帯を抜けると再び湿原が広がった。アヤメ平(標高1969m)である。鳩待峠から5.3km、富士見峠へ1.0km、その先には燧ヶ岳がくっきりと姿を見せている。ベンチに腰掛け昼食とした。湿原には植生回復のために対策がとられていた。40年近くの年月を費やしてもなお回復しない自然。自然破壊は簡単だが復元はあまりにも難しいと実感した。数組のハイカーとすれ違いはしたが静かな尾瀬を堪能できた。ところが富士見小屋方面からツアー客の団体が押し寄せて来た。雲の上の楽園はあっという間に喧噪のなか。それでも最後尾が追いついてくると間もなく鳩待峠に向かって歩き出してくれた。やれやれ一安心だ。30分ほど間隔を置いて我々も戻ることにした。空はすっかり秋の気配。樹林帯で聞こえる風の音も既に夏ではない。もう少しで凛とした大気の中を歩けるだろう。鳩待峠に戻ると相変わらず観光地の様相を見せていた。
inserted by FC2 system