稲含山
いなふくみやま
1370m
甘楽町・下仁田町
富岡万場線からの御荷鉾山
登山日 2002年11月4日(晴れ) しんぷる
行 程 神の池公園(11:22)…一の鳥居(11:27)…二の鳥居(11:38)…秋畑稲含神社(11:48)…赤鳥居分岐(12:00)…稲含神社(12:05)…稲含山頂上(12:12-19)…赤鳥居(12:42)…一の鳥居(12:50)…神の池公園(12:53)
 古来より日本では山岳信仰が盛んに行われていたが、西上州も例外ではなくそれは大変身近なものだったようだ。この稲含山は農耕の神が祀られ、同じ稲含神社ではあるが秋畑と下仁田二つの神社があるのが面白い。そして今なお例祭が盛んに行われているようである。この信仰の山にも林道が走り、山頂もだいぶ身近になった。そしてその山頂は西上州の展望台とも呼ばれているらしい。晩秋も近いこの時期に西上州の前衛峰ともいうべき信仰の山へ登ってみた。 稲含山登山道案内図

那須集落
 富岡万場線で城下町小幡を過ぎ秋畑に入った。私はこの地で約2年間の小学校生活を送ったのである。学習の記憶はないが、持参の弁当と脱脂粉乳による昼食の記憶がかすかに残っている。裏山でターザンごっこをしたり、近くを流れる雄川で釣りなどをして遊んでいたことを覚えている。校庭で自転車乗りの練習をしたことも。ここにはかつて住んでいた建物は跡形もなくなっているし、もちろん私を知っている者など誰もいないだろう。残されているのは微かな記憶と郷愁だけである。
 懐かしい風景を過ぎ、最近蕎麦の里として売り出した那須に着いた。ここから富岡万場線を右に分岐し稲含山登山口に向けて日当りの良い段段畑と家屋の建つ山腹をゆっくりと上がっていく。 

神の池公園「いこいの広場」

公園内の道標

二の鳥居
 梅ノ木入を過ぎて間もなく「神の池公園」に着いたが林道は更に延びていた。ここは「いこいの広場」となっており十分な駐車スペースと小奇麗なトイレがある。ここに駐車した。いこいの広場が登山口となっており、立派な道標に従ってカラマツの中を歩き出すと直ぐに林道に出た。これは下から延びていた林道だ。道を横切って直ぐの所に登山道は続いていた。 再び登山道に入って行くと間もなく一の鳥居に着いた。ここは分岐点になっていて、左は二の鳥居経由、右は赤鳥居経由で山頂に続いている。左に進路を取り秋畑稲含神社を目指した。いったん道は下り再び上り返す。ようやく登山道らしくなって来た。途中左に分岐があり「←大ケヤキ(夫婦ケヤキ)0.4kM」とあったが立ち寄らずに先を急いだ。

一の鳥居の道標

神の水

二の鳥居
 登山道は徐々に傾斜を増し沢が見えてきた。ちょうど良い水場だなと思いながら進むと「神の水」とあり朽ちた竹を通して沢の水が引かれていた。そのまま水場の石段を通過すると直ぐに二の鳥居が見えた。普通鳥居というと赤色を連想してしまうが、二つの鳥居は赤に塗られてはいなかった。
 二の鳥居からますます傾斜がきつくなってきた。ジグザグと息を弾ませながら急登を上る。杉の巨木が目立つようになると建物が見えた。どうやら秋畑稲包神社に着いたらしい。想像していたほど立派な神社ではなかった。神社にまつわる説明を読んでいて何故か神の水で手を清めて来なかった事を後悔した。ここには農耕の神が奉られているのだという。神社にはトイレまである。道は社の右手に続いていた。

秋畑稲含神社

稲含神社の由来

丸太階段
 杉の木をの間を抜けて歩いていくと段差の大きい丸太階段が現れた。さらに傾斜を増した道を一歩一歩ゆっくりゆっくりと上って行く。階段が終り傾斜も緩むと道は東側から北側に山腹を回り込むように続いた。さすがに北側は日も当たらないせいか霜柱が立っていた。クサリ場を過ぎ赤鳥居からの道と合流した。
 ここから谷側には大変立派なフェンスが設置されており、冬場の凍結にも大丈夫そうである。大変良く整備されていると思った。道を合わせれば下仁田稲含神社は近いはずである。鎖場はあるが歩き易い道を快適に進むと赤い屋根の稲含神社に着いた。ここには記帳用のノートが置かれていたので名前を書いておいたのだが、参拝のものなのか登頂のものなのか分からなかった。この神社がちょうど稲含山の肩に位置するのだろう、ここから石の階段を上って行くと頂上に出た。

道を合わせる

鎖場

フェンスのある登山道
広くはない頂上だが抜群の展望である。間近に赤久縄山、小沢岳や西御荷鉾山が大きい。そして妙義山を真正面から見据えると言った感じある。表妙義の後ろに裏妙義そして谷急山、ここからの妙義山が今まで見た中で一番気に入った。そして荒船山から続く西上州の山々。真北に榛名山、右に赤城山、上毛三山のお揃いだ。やや風は強いが寒いといったほどではない。のんびりとしたかったが、今日は手ぶらで来たため手持ち無沙汰だ。下山して那須の蕎麦屋で昼食をとろう。
 分岐まで戻り赤鳥居から戻ることにした。こちらの道の方が整備が良く行き届いている。人口丸太の階段が続くが段差も歩幅も良く計算されて非常に歩きやすかった。上りはどうだろうかと何度か逆に上ってみたがやはり歩き易い。次に来るときは赤鳥居から登ろうと思った。

下仁田稲含神社

 

赤鳥居への登山道
雑木林の快適な登山道も薄暗い杉の林になると間もなく赤鳥居に着いた。そこには1台の車があり父親と2人の息子(だと思う)が登り始めるところだった。林道はここまで続いていたのだ。鉄塔を経て神の池園の道標に従って右手を入った道を行くと、あっけないほど簡単に一の鳥居に出た。いこいの広場には人の姿は見えなかった。帰りの林道でリュックを背負った老人にすれ違った。おそらく那須集落から歩いてきたのだろう。いったい何が彼を突き動かすのであろうか。そして私は何故山を歩くのだろうか。

丸太階段

赤鳥居

鉄塔
2004年4月29日(晴れ)【しんぷるライフ、KM】
 前回と同じコース。公園には巨大な水芭蕉が咲き終えたところ。池にはヒキガエルとその卵、それに似合わないほど小さなオタマジャクシがウヨウヨ。シャクナゲの木にはいくらか花がついている。さてアカヤシオはどうだろうか。
 西上州の名所の山はすでに花の盛りを過ぎてしまったようだ。袈裟丸山にはまだ早いかなあ。そう言うわけで、まあ比較的標高が高い稲含山にやってきたわけだが…。新緑が気持ちいい。真新しい青竹から流れ落ちる「神の水」で手を清め(よく覚えていたなあ)急登を行けば地元の人がお祭りの準備に忙しそうだ。秋畑神社の下を通ると枯葉が落ちてくる。おえっ、ゴホゴホ!境内を掃き清めているためだな。門の屋根に積もった落葉も竹箒できれいに落としている。ご苦労様です。

 神社の脇を通り階段となったところで一休み。急登を過ぎ北面を回り赤鳥居からの道を合わせる頃になるとアカヤシオがちらほら山腹に見える。お地蔵さんの前を通り下仁田神社へ。山頂付近にアカヤシオのピンク色が見える。一息で山頂に出れば360°の展望だが、気温が上がりすぎたせいで遠望はやや霞んでいる。大気が澄んでいれば最高の眺めだがなあ。

 広くはない山頂にはそれなりの人数。高校生とおぼしき少年たちが食事の最中だ。
「さっきまで槍ヶ岳が見えていたんですよ〜」
から入り、いきなりあれが〜山、〜山などと解説を始める同世代の男性。望遠鏡を合わせ、
「蓼科山の近くに見えるあの白い物、そうあれがね臼田町の直径45mのパラボラアンテナですよ。覗いてみてください。」
ふむふむ、おお!確かにパラボラアンテナではないか。しかしよく知っている。腕には下仁田町…の腕章をしている。
「おらんちは、あそこに見える赤い屋根の家だ。四ッ又山の登山口だあ。」とお年寄り。
早速、彼が望遠鏡を合わせ「この家ですか?」
「おお!そうだそうだ。しかし大きく見えるもんだなあ。」と感激の様子。
「私はもう100回以上登ってますから。」 ふうむ。
何処の山にも結構居るんだよなあ。こういう人が…。ちゃっかり耳を傾け聞いている自分(^_^;)
いずれにしても彼のおかげで山頂は賑やかだ。ハイカーも次々に登ってきている。

 アカヤシオはもう終盤。完全に盛りを過ぎていた。来週までは持つまい。赤城山に行けばよかったかなと少し後悔。下仁田神社裏のベンチで腰を下ろして昼食だ。麓の「ちぃがき蕎麦」はやっぱり新蕎麦の季節がよかろう。スーパー林道を巡り御荷鉾山の南側を素通りし、藤岡の庚申山に寄って家まで戻った。
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